東京高等裁判所 昭和35年(ネ)540号 判決 1960年10月26日
控訴人 多賀愛子
被控訴人 東京信用保証協会
主文
(一) 原判決を左のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し、原判決末尾添付目録記載の建物について、債権額を元本四一万九、四五六円およびこれに対する昭和二九年三月一八日から完済に至るまで年六分の法定利息、債務者を渋谷区上通三丁目二八番地古本武司とし、昭和二八年三月一二日付抵当権設定契約に基く抵当権設定登記手続をせよ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示(但し、原判決三枚目表六行目に「甲第一号証ないし第一六号証」とあるのを「甲第一ないし第三号証、甲第四号証の一、二、三、甲第五、第六号証、甲第七号証の一、二、甲第八ないし第一四号証、甲第一五号証の一、二、甲第一六号証」と訂正し、同四枚目裏一〇行目から一一行目に「甲第五ないし第七号証の二、第九ないし一三号証、第一五および一六号証」とあるのを、「甲第五、第六号証、甲第七号証の一、二、甲第九ないし第一三号証、甲第一五号証の一、二」と訂正する)と同一であるから、これを引用する。
被控訴代理人は、末尾添付の別紙準備書面記載のとおり陳述し、
証拠として、控訴代理人は、乙第一、第二号証を提出し、当審における証人古本武司、同石井愛麿の各証言を援用し、「甲第一六号証に対する従前の認否を訂正し、その成立を認めて利益に援用する」と述べ、被控訴代理人は、「乙第一号証の成立は不知、乙第二号証の成立を認める」と述べた。
理由
(一) 被控訴人が信用保証協会法に基き中小企業金融の信用保証を行う特殊法人であること、訴外古本武司が昭和二八年三月頃、訴外株式会社住友銀行(以下住友銀行という)から一〇〇万円を借り受けたことは当事者間に争がない。しかして右貸借については、利息は一〇〇円につき日歩三銭二厘、元利金の弁済期は昭和二八年九月一二日、期限後の損害金は一〇〇円につき日歩四銭を支払う約旨であり、かつ被控訴人が右古本武司の依頼により、その保証人となつたことは、原審証人中村市兵衛の証言により成立を認め得る甲第八号証(同証中、多賀七郎の署名捺印の成立は争がない)、原審証人竹石三男の証言により成立を認め得る甲第九、第一〇、第一一号証並びに右証人竹石、同中村の各証言により明白である。
(二) 次に住友銀行が昭和二八年一二月一七日、被控訴人主張の如き仮登記仮処分決定に基き、前記貸金債権のため、当時訴外多賀七郎の所有であつた原判決添付目録記載の建物(以下本件建物という)に抵当権設定の仮登記を経たことは当事者間に争がない。しかして、成立に争のない甲第三号証、前顕中村証人の証言により成立を認め得る甲第四号証の一、二(但し甲第四号証の二中、多賀七郎の署名捺印の成立は争がない)、成立に争のない甲第四号証の三、前顕甲第八および第一一号証、成立に争のない甲第一六号証、並びに原審証人竹石三男、同柴田博也、同岡崎博、同中村市兵衛、同星寛、当審証人古本武司の各証言を総合すれば、右多賀七郎は昭和二八年三月一二日、前記貸借に当り、住友銀行との間に、右債務の担保として本件建物に抵当権を設定したものであること(なお、右抵当権の設定に当り、多賀七郎は、住友銀行に対し、後日同銀行において必要に応じその登記手続をなし得べきことを承認し、右登記手続に必要な本件建物の権利証、白紙委任状、印鑑証明書等を同銀行にその頃交付した。しかるにその後、同銀行において、前記貸金の支払がなかつたため、右書類を利用して抵当権設定の登記手続をしようとしたが、すでに印鑑証明書の有効期限が切れ、かつ多賀七郎が新たな印鑑証明書を交付することを肯んじなかつたため、やむなく前記の如き仮登記仮処分による仮登記の手続をしたものであること)が認められ、右認定の資料に供した証拠と対照すれば、原審証人多賀七郎の証言中、右認定に牴触する部分は措信し難く、当審証人古本武司の証言により成立を認め得る乙第一号証、成立に争のない乙第二号証、原審証人中川哲男の証言その他本件にあらわれた一切の証拠によるも、到底右認定を左右するに足りない。
ところで、住友銀行が前記抵当権設定の仮登記を経由した日の翌日である同年一二月一八日、本件建物につき多賀七郎は控訴人に対し売買を原因とする所有権移転の登記手続をなし、現に控訴人が本件建物の所有者であることは当事者間に争がない。しかして抵当権の仮登記ある不動産の所有権が第三者に移転したときは、仮登記権利者は右第三者に対し直接に抵当権設定の本登記手続を請求することができるものと解するを相当とするから(最高裁判所昭和三四年(オ)第六一号、昭和三五年七月二七日言渡判決参照)、住友銀行はここに本件建物の第三取得者である控訴人に対し、直接に、前記抵当権設定の本登記手続を請求し得る権利を有するに至つたものといわなければならない。
(三) 次に被控訴人は、「被控訴人は昭和二九年三月一八日頃、住友銀行に対し、主債務者古本武司の負担する前記貸金債務の元利金を弁済し、その結果民法第五〇〇条の規定により住友銀行に代位するに至つたから、住友銀行が控訴人に対し有していた前記抵当権設定の本登記手続を求め得る権利は、当然被控訴人が全部これを取得した」旨主張するので、以下その当否について検討する。
成立に争のない甲第一号証、原審証人中村市兵衛、当審証人古本武司の各証言により成立を認め得る甲第二号証(同証中、多賀七郎の印影の成立は争がない)、原審証人竹石三男の証言により成立を認め得る甲第五、第六号証、並びに原審証人竹石三男、同中村市兵衛の各証言を総合すれば、前記貸金債務につき、その後、古本武司は元金二十万円を支払つただけで、その余の支払をしなかつたため、被控訴人は住友銀行の請求により、保証人としての責任上、同銀行に対し被控訴人主張の頃元金八〇万円および利息損害金三万八、九一二円、合計八三万八、九一二円を弁済した事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。それ故、被控訴人は右弁済により、民法第五〇〇条の規定に基き当然住友銀行に代位するに至つたことは明白である(いわゆる法定代位)。その結果、本件建物につき住友銀行が控訴人に対し抵当権設定の登記手続を請求し得る権利も、当然被控訴人に移転したものというべく(但し被担保債権の範囲については暫くおく)、しかも前顕甲第一号証によれば、被控訴人が昭和二九年三月一九日受付をもつて、右抵当権の仮登記につき住友銀行に代位した旨の附記登記を経た事実が認められるから、被控訴人は右登記を請求し得る権利の取得を控訴人に対抗し得る筋合である。されば被控訴人は、本件抵当権の登記権利者として、控訴人に対し本件抵当権の設定登記手続を求め得るに至つたものであるが、被控訴人の取得すべき被担保債権の範囲については、さらに検討を要するものがあるので、以下この点につき考察する。
(イ) 先ず、代位の制度は、債務者に代り弁済をした者の求償権を保護せんとする趣旨に出たものにほかならないから、代位により弁済者が取得する権利は、自己が求償し得る範囲に限られるのである(民法第五〇一条本文)。ところで本件において、被控訴人が古本武司に代つて住友銀行に弁済した金員が合計八三万八、九一二円であることは前認定のとおりであるから、被控訴人は民法第四五九条、第四四二条第二項の規定に基き、古本武司に対し右金員およびこれに対する弁済の日である昭和二九年三月一八日以降完済に至るまでの法定利息(右法定利息は、本件貸金および保証契約が住友銀行の営業のためになされたものと推定される関係上、年六分の商事利率によるべきである)につき求償権を取得したことは当然であるが、他方、右金額を超えて求償し得るものと認むべき事実についてはなんらの主張立証がないから、本件代位弁済の効果として被控訴人の取得した債権は、被控訴人の求償し得る右金額を限度とするものというべきである。
(ロ) 次に被控訴人の住友録行に対する前記弁済は、保証人の資格でなしたことが明らかであるから、被控訴人は、物上保証人の地位を承継した控訴人に対しては、特段の事情がないかぎり、単に頭割りで代位を主張し得るにすぎない筋合である(民法第五〇一条但書第五号参照)。この点に関し、被控訴人は、本件信用保証契約の特殊性について縷々主張するけれども(末尾添付の被控訴人の準備書面中、三の項参照)、所論信用保証協会法の規定と対照するも、本件保証契約は民法上の保証と異なるところはないのであつて、これにつき民法第五〇一条但書第五号の規定の適用が当然排除されるものと解すべき法律上の根拠はない。また本件において、保証人が右規定にかかわらず、自己の出捐した金員全額につき、物上保証人に対し代位を主張し得るとする趣旨の合意ないし慣習等が存在する事実は、被控訴人のなんら立証しないところであるから、被控訴人のこの点に関する主張は採用できない。それ故、本件抵当権の被担保債権として、被控訴人は控訴人に対し、右二名の頭割りで代位を主張し得るにすぎないのであつて、その額は、結局、被控訴人が古本武司に対し有する前示求償債権の額の二分の一に相当する四一万九、四五六円およびこれに対する昭和二九年三月一八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員であるといわなければならない。
(四) ところで抵当権設定の登記に当つては、被担保債権の額は登記の当時に存在する債権の額を表示すべきものと解するを相当とするから(大審院昭和三年一〇月一六日言渡判決、評論一八巻民法一二九頁参照。なお参考として最高裁判所昭和三〇年七月一五日言渡判決、民集九巻一〇五八頁参照)、結局、被控訴人は控訴人に対し、前示代位を主張し得る金額を被担保債権額として抵当権設定の登記手続を請求し得るにすぎないものというべきである。被控訴人は、もと住友銀行が有していた貸金債権全額を被担保債権として、控訴人に対し、抵当権設定登記を求め得る旨主張するが(末尾添付の被控訴人の準備書面中二の項参照)、独自の見解であつて、採ることを得ない。
(五) 以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、主文記載の抵当権設定の登記手続を求める限度においては正当であるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。よつて、右と一部符合しない原判決はこれを変更すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 牛山要 由中盈 土井王明)
被控訴人の準備書面
一、被控訴人は、本件代位弁済の結果、控訴人(物上保証人たる多賀七郎の承継人)に対して、従来の債権者であつた住友銀行が有したのと同一内容の抵当権設定登記請求権を取得したものであり、被控訴人が、右登記を請求するについては、民法第五〇一条第五号の制限を受けることはないのである。その根拠は、以下に詳述する通りである。
二、民法第五〇一条は、代位弁済者が代位により債権者の地位を承継した後に於て、他の物上保証人等に対し、前に債権者の有した権利のうちいかなる範囲で行使しうるかという具体的権利行使範囲の問題であつて、登記請求の如く抽象的に債権者の有した地位そのものを承継するものについては同法条の適用なきものである。
(一) 先づ代位弁済によつて弁済者の取得する求償権の本質であるが、之は(合意と解するにせよ法律上当然と解するにせよ)前の債権者が有していた債権と別個、独立、新規に、求償権なるものが設定され又は発生するというものでは無く、前に債権者が債務者(及保証人、物上保証人等)に対して有していた地位そのものをそのまゝ当然に引継ぐことに他ならないのである。換言すれば、債権者という地位の座に、前には債権者であつた人が着いていたのから、入換つて代位弁済者が着くという丈の変化にすぎない。
元来債権債務関係に於ては、債権者と主債務者との関係、債権者と保証人、物上保証人との関係、主債務者と保証人、物上保証人との関係、保証人又は物上保証人相互間の関係等、種々の面があるが、代位弁済の場合であつても、債権者と保証人、物上保証人(代位弁済者)との関係については、専ら民法第五〇〇条又は第五〇二条(弁済の分量による)が適用せられるのであつて民法第五〇一条は(この面を規制するものではないから)この関係については何ら適用されないのである。即ち代位弁済が債権の全部に対してなされた以上、その者が保証人であるが物上保証人であるか第三取得者であるかを問わず、当然に前債権者の有した権利(地位)は全部がそのまゝ当然にその弁済者に移転する(承継される)のであつて、この過程中で弁済者の立場如何により前債権者の有した権利の一部が旧債権者のもとに残存し或は消滅するものと解すべき理由はどこにも見当らないのである。
(二) たゞ、斯様に全部弁済であれば当然に債権者の有した権利(地位)の全部が(抽象的に)取得せられても、その権利を他の者に対して(具体的に)行使するに当つては、弁済者と求償の相手方との関係の如何によつて、権利行使が許される範囲に種々の差を生ずるのであつて、民法第五〇一条は実に斯かる代位弁済者対他者(即ち保証人又は物上保証人、第三取得者)相互間の関係を規定したものに他ならないのである。
更にいえば、代位弁済によつて、債権者と主債務者間又は債権者と保証人等間に於ては相対的に債権債務関係は消滅しても、代位弁済者と債務者間又は代位弁済者と他の保証人等間に於ては、その間で生じた求償関係が消滅に至るまで、旧債権債務は債権者たる座にある者が交替する丈で尚存続するのである。従つて債権者又は他の保証人等と代位弁済者との間に於ては旧「債務」は一部たりとも消滅してはいないのであつて、たゞその行使について民法第五〇一条の限度で「責任」の範囲が限定されるにすぎないものである。そうである以上、当該債権に附帯する抵当権等の担保にしてもその権利内容自体が減少することはありえず、たゞ行使しうる債権の範囲の制限に伴い担保権行使の範囲が制限されるのである。
(三) 之を登記請求の点で考えてみても同様である。抵当権登記手続は(之を前債権者から代位者が引継ぐことは)あたかも債権者の有した、契約書等の書類、証憑を授受することと同じく、債権者と保証人等(代位弁済者)間の面で起る抽象的な地位承継の問題であつて、何等主債務者と保証人等の間又は保証人等相互間の面で生ずる具体的な権利行使の問題(之は登記を得た後、競売手続等の実行によつて生ずる)ではないのである。
又、登記の原因を見ても、債権者が物上保証人に対して請求する登記の原因は、当該当事者間における抵当権設定契約そのものであるが、この点は弁済した代位者が物上保証人に対して登記を請求する場合にも何ら変りはないのであつて、その場合でも新規に発生した求償権などが登記原因となる事はありえず、やはり(債権者より承継した)当初の抵当権設定契約そのものが原因となるのである。そしてこの場合債権者と代位弁済者との間での承継に際して右抵当権設定契約の内容が変更される事も(承継が当該契約の一方の当事者たる物上保証人ぬきで行われる一事を以つてしても)、亦ありうる事ではないのである。
(四) 本件の場合であつても、前債権者たる住友銀行自身が代位弁済以前に登記請求をなしていたならば(之はいつまでも可能であつた)、抵当権設定契約の内容通りの登記がなされ得たことには何人といえども疑問を抱く事はなかろうが、若し銀行がそうした登記を既に有していたならば代位弁済者は、右債権者の有する登記に対して承継の意味の附記登記をなす事により、当然に債権者のもつ登記そのものをそのまゝの形で承継するのである。(決して新規に別の登記をするのではない。)
斯かる実情にも拘らず、仮に債権者が登記をしなかつたまゝで代位弁済後になつて登記手続を求めると、債権者であれば求めえた登記中の一部分しか求められないということであつては、登記請求の単なる時期の先後だけによつて登記すべき原因に変化がないにも拘らずそれによつてなされる登記が異つたものになるという矛盾を来すのである。
要するに、代位弁済者の請求であろうとも、かゝる場合には本来債権者自身求めておくべきであつた登記を、単に時間的に後で求めるだけであり、その登記請求権にしても新たに発生したものでなく債権者が有したものをそのまゝそつくり承継するのであるから、債権者が求めた場合と異る結果になる事は考えられないのであつて、債権者が請求したならば得られたであろう登記と全く同じ登記を求め得るのが当然である。
三、仮に、民法第五〇一条は責任範囲の限定でなく債務の消滅の規定であつて、登記請求権もそれに応じて一部消滅したものを承継することになるとしても、本件被控訴人(代位弁済者)は通常の保証人と異る特別の事由があつて、民法第五〇一条の制限を排除せられているものであり、全額の求償をなしうるのであるから登記も亦全部を請求しうる。
(一) 信用保証協会の本質
被控訴人は東京都における信用保証協会であるが、協会は特別法(信用保証協会法)に基く特殊法人であつて、中小企業の補助育成という公的使命の下に設立されている。即ち、各個の中小企業はその自身では資力乏しく担保力も無く金融機関に対する信用が薄いため取引界に於て著しく不利な地位におかれているので、かゝる中小企業が金融機関の融資をうける際、その補助をなす意味で、各都道府県単位に信用保証協会が設けられ、都道府県の支出する基金及補助金と保証手数料とによつて運営されるのであるが、保証手数料も協会の諸経費をまかなうなど最少限度を目標として極めて低廉に定められ、勿論利潤の発生を予定せず収支上仮に余剰金を生ずると都道府県に吸上げられる仕組となつている。又特別の支出行為は勿論、債権の一部放棄すらすべて都道府県知事の許可決裁にかゝつている状況である。
かゝる公的機関たる使命からして協会は当然に他の保証人と別格の存在として特殊の立場にあることは自他共に認められており、現に今日まで無数の求償権行使の実例中でも、他の保証人物上保証人等との間の負担部分の問題が争われた例は殆ど皆無といつてよい程で、債務者、保証人、物上保証人等もすべて保証協会が負担部分零であつて、協会から求償されることはあつても協会に求償する事など予想だにしておらず、之が社会通念となつている実情である。協会にしてもかゝる協会の本質及その事業の内容上、債権者の有した求償権そのものを全面的に行使しうる事を当然の前提として現行の保証手数料等を算出しているのである。
又この点は別の面からいえば、近時屡々いわれるところの、「利益を得る者は危険も負担すべし」との法理からしても、協会の如き利益無き者が危険のみを負担する事がありえないのは当然である。
(二) 保証協会の行う信用保証なるものゝ特質、更に、保証協会の行う「信用保証」という仕事の実質的な機能からしても同様の結論となる。保証協会は中小企業者の金融を助けるのが目的であるが、その際の協会のはたらきを観察するならば、金融機関が中少企業えの融資について(金融機関としての制約があるために)、一定の時期即ちその貸付期間内に、回収がつかぬ場合には金融機関に代位してその貸付金の回収をはかる機能が主体となつているのである。即ち、保証協会の行う「信用保証」という仕事は、その名は保証であつても一般の(民法上の)保証の如く債務者の為に又債務者側の立場に立つものではなくて、反対に債権者の為に且債権者側の立場に立つて行うものであり、債務者の弁済遅滞の場合に、債務者の為之に代つて支払を行うというよりも寧ろ債権者(金融機関)の為之に代つて債権回収を行うのが主たる機能なのである。そしてその際債権者に対して協会が債権相当額の支払を行うのも、債権者たる地位を肩代りする事に伴つて取りあえず立替を行うという意味が強いのである。
同じ保証の語を用いても、それが常にすべて民法上の保証そのものであると限らないのは、小切手法における「支払保証」等の例でみても明かである。
又支払保証という言葉にしても右小切手法上の用語以外に、金融取引界一般に通俗的にも使用されているのであるが、その場合の「保証」の意味は、こゝにいう信用保証の場合と類似して居て、債務者の為の支払担保よりも債権者に対する肩代りを担保する趣旨が濃厚である。
かように信用保証は、形式上は主債務者の為にその依頼によつて保証人となつた如く見えても、その実体はむしろ債権者の依頼により、或時期(弁済期)をすぎれば債権者に肩代りしてその地位を襲い、専ら債権回収に当るものであるが、この点は又信用保証を依頼する債務者及連帯保証人等も之を充分諒解しており、協会に対して主債務者又は他の保証人等の為の負担部分を負担して貰うという意思は少しも無く、全く金融機関の地位に代つて債務者等の負担する借金の返済について期間猶予その他諸般の面倒を見て貰うというのがその本旨に他ならないのである。
重ねていえば、一般に求償権は各自の負担部分を限度として債務者又は保証人等の相互間で行使するものであつて、この負担部分は受けた利益即ち自ら費消した金額であり、受益割合不分明のときは原則として平等の割合と推定されるのであるが、こうした制度は保証協会の如くその機能の実体が主として債権者の為の肩代りであるところの信用保証の場合にはその本質上全く該当しないのであつて、この点は亦協会の信用保証を求める債務者等の者であれば知悉して疑わないところである。
こうした点は、業務方法書等の規定する保証協会が信用保証を行う際の手続にも現われている。即ち信用保証の申込の際には債務者より、協会に対する保証願書を添附するが、保証申込書は貸主(債権者)となるべき金融機関が自らの名で協会に対して提出するのであつて、之に対し協会が信用保証を承諾する場合にも保証承諾書を金融機関宛に提出するのである(甲第九乃至十一号証)。
斯様にいづれの点よりするも、保証協会は負担部分なく、他の保証人等から求償されることがないのはもとより、協会の求償権行使には何らの制約もないのである。